B+ 絵本研究会 絵本の思い出

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日本図書設計家協会 The Society of Publishing Arts
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子どもの頃になんども読んだ「お気に入り」が、誰でも一冊はあるはず。
大人になってわかることは多いけれど、あの時だからこそ見えていたものが
絵本の中にきっとあることでしょう。

002/末房志野さん

002/末房志野さん


ビアトリクス・ポター=著&絵 いしい ももこ=翻訳

『ピーターラビットのおはなし』(福音館書店)

sue_book01.jpg『ピーターラビットの絵本』第1集と第2集
 初めて読んだ絵本は母親が選んでくれました。母は、私が初めて目にする絵本はどうあるべきか大変に考え、探した果てに選んでくれたのが『ピーターラビットの絵本第1集』の、第1巻『ピーターラビットのおはなし』です。今ではとても有名な絵本となり、どこの書店でも購入することができますが、当時、日本で福音館書店から発売されて年月が浅かったせいか、なかなか置いてある書店が少なかったそうです。
 大人になった今、文庫本より少し小さいサイズのこの絵本をあらためて手にすると、本全体の大きさ、どの巻も片ページに絵、もう片ページに文章という決して変わらないレイアウト、落ち着いた色彩で緻密に描かれた絵、また、ページ数が50ページ程度と長く、いわゆる子供らしさや絵本らしさに欠けることに気づきます。そのようなせいもあって広く一般的な書店では絵本として置きづらかったのではないでしょうか。
 なぜ、私の母が「ピーターラビット」を選んだのかその理由を尋ねると、本当は日本人が絵を描いた絵本を探したが、絵も物語も本の作りも、大人からみた子供、または大人が子供向けに描いた絵のような絵本しか見当たらなかった。そんな中『ピーターラビットの絵本第1集』に出会い、美しく丁寧に描かれた絵や本の格調、自然豊かな土地で生活している動物達を通して表現されるユーモラスでリアルな日常が綴られた内容に、一目でこれだ、と思った、のだそうです。大人から見た子供ではなく、子供の現実的な様子が描写されていて、そこに共感したのだそうです。

「ピーターラビットの絵本」シリーズはどのおはなしも、勧善懲悪、最後はハッピーエンドで終わるといった物語ばかりではありません。静かで丁寧に描かれた絵のイメージに反して、動物同士が性根悪く意地悪し合ったり、風刺の効いた表現も登場します。意地悪する時の動物の表情が本当にずるそうな顔で描かれていたり、まぬけで、いつも損をしてしまう動物が登場したり、どれも自分に置き換えて「かわいそう」「がんばって」などと感情移入してわくわくして読みました。
 この本のデザインやレイアウトは絵の作者であるビアトリクス・ポターが決めたそうです。ポターというアーティストは、もともと茸の研究者を志望していたため、研究者としての観察力と対象を緻密に描き取る描写力があり、ピーターラビットの絵を見ても納得させられます。実際の人物としては、アーティストとしてのデビューは遅く、最初の作品は出版社からことごとく出版を断られ、自主出版をしています。人との交流はとても不器用で、他人から偏屈な人だと思われることの方が多かったようです。ポターには、自分が描いた絵のモチーフとなった自然環境を守りたいという志があって、絵を描くことと、その志が車の車輪の様にリンクしながら創作を続けました。絵本がきちんと長く売れるために、絵本やおまけのカードのデザイン等も全て自分の手で行なったのだそうです。自分が愛したものを守るために、常識やしきたりに軽く流されず、貫く強さと信念を持っていたことが仕事や生き様をたどると理解出来ます。

「ピーターラビット」と作者のポターについて、もっと知りたくて、イギリスの湖水地方を数日に渡って訪ね歩いたことがあります。何がポターを強くさせたのか、きっと作者にしか分からない孤独や希望があったのだと思いますが、とにかくその地の自然を愛していたのだということがよく分かりました。そうでなければ、あの物語も絵も生まれてこないと実感しました。ピーターラビットの絵本の絵を見ると、作者のその思いの強さが印刷物を通しても静かに伝わってきます。おそらく私の母は、自分の子供のための絵本を選んだと言っていますが、まず自身が先にこの絵本に強く心を奪われてしまったのだと思います。

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1冊は、大人の片手の手のひらにおさまるほどのサイズ    中の文字のサイズは意外と小さい。


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見返しまで丁寧に描かれたイラストレーション。なにかしらと集まる動物達の姿。この絵が大好きでした。

sue_face01.jpg末房 志野 
1973年静岡県生れ/多摩美術大学グラフィックデザイン専攻卒業/東京芸術大学大学院博士後期課程修了学位取得/第11回グラフィックアート3.3m展グランプリ/HB File Competition 木村裕治特別賞/個展『Plimitive Life』(ガーディアン・ガーデン)/『大地と風と火』(秋吉台国際芸術村ギャラリー)/『SHINO SUEFUSA EXHIBITION』(depot)等

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001/清原一隆さん

001/清原一隆さん


ばーじにあ・りー・ばーとん=著&絵 いしい ももこ=翻訳

『ちいさいおうち』

kiyo_book01.jpg『ちいさいおうち』(岩波書店)の表1。 ボロボロの表紙に名前の書きかけが…。(>_<)
 その本の奥付には「昭和42年5月10日第12刷発行¥180円」と印刷されている。ちょうど僕が生まれる頃だ。
 物心ついた頃からずーっと僕の本棚にある絵本で、大学に入学して一人暮らしを始める時も一緒に持ってきた。
 表紙には『ちいさいおうち』と飾りのついたやさしい文字で描かれている。

 僕の育った家は、駅から遠い寂しい場所に建っていた。まだ住宅街として開発される前で、周りには家がまだ少なく、近くにはよく遊んだ森があった。雨の日は会社へ行く父のため、一緒に母が駅まで歩き、泥だらけになった長靴ときれいな革靴を交換して持ち帰らなければならないほど、鋪装されていない道路はぬかるんでいた。街灯もまばらで、夜は暗く恐かった。家は平屋で、六畳二間に小さな台所があるだけで、見た目にも小さい家だった。でも僕は夜に皆で布団に川の字になって寝ることも、冷たい井戸水をがぶ飲みすることも好きだった。トイレだけは落ちてしまいそうな穴があいていて、嫌いだったけれども…。

 そんな僕の生活とオーバーラップしたからか、絵本の『ちいさいおうち』は僕の心に深く印象づけられていた。

 絵本の中で『ちいさいおうち』の周辺が開発されて大きな街になっていくように、僕が小学校に通っている頃には、近所には家がたくさん建ち並んでいた。同級生の家に遊びに行くと2階に自分の部屋があったりして驚いた。
 大きい家とおやつにケーキを食べるハイカラな生活が子供心に羨ましく思ったのか、なんだか自分の家が小さいことが惨じめで、友達に家を知られるのが嫌だったくらいだ。

 でも、僕は小さい家が本当に嫌いだった訳じゃない。暴れて割った窓ガラスも、ひなたぼっこした井戸のポンプの上も、裸足で飛び出した庭も、いい思い出だ。浮かんでくるのは小さい家と重なりあった季節と花や木々、森や川の匂いなんだ。そう、この絵本『ちいさいおうち』に描かれた風景と一緒なのだ。

 父と母が、そんな事を考えて選んだ絵本ではないだろう。偶然なのかもしれない。
 でも、ページをめくるたび『ちいさいおうち』の幸せな風景が僕の心に何かを満たしてきたように、本が人に何かを与えることは多いのだ。
 誰かにとても大切にしてもらえるような本をデザイン出来たら幸せだなと思う今日この頃、もっともっと学ぶべきことは沢山あると思うのです。

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左)本文は活版印刷された文字を版下として使用して オフセット印刷されているようだ。 写植文字と違いちょっとかすれた感じがわかる。
右)すっかり変わった街から引っ越す『ちいさいおうち』。 僕もふと立ち止まって深呼吸してみた。


kiyo_1.jpg清原 一隆
大分県生まれ。東京造形大学卒業。KIYO DESIGN代表。
スタッフとともに日々精進、そして本づくりを楽しんでいます。
装丁、本文デザイン、DTP組版と書籍1冊フィニッシュまでお任せ下さい。iPhoneアプリもリリースしています。Adobe CS5対応。
事務所は誘惑の多い街、五反田。美味しい食事とお酒のお店が多い素敵な街です。お気軽にご連絡頂ければと思います!
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